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野球の事を考えているって言うのは分かるけれど、
それ以外は、まるっきり見えてこない。
(たぶんバカだからだ!)
裏表のない性格だから、きっとこいつの行動自体が
こいつの心の中をそのまんま映し出しているのだろうけれど、
基本的に動物の本能のようなもので動いているのか、
考えが突拍子無かったりする。
だから、だからだ。
私がいつもいつもいつも、こいつに振り回されるのは。
私がそんな事を思ってるなんて知りもしないこいつは、
今は授業中だっていうのに暇だ暇だと言ってたり、
(確かに古典は私も苦手だし、先生の声が、いい具合に眠りに誘うよ)
他の人にちょっかいをかけて先生に注意されたり、
(ちょっかいを掛けた人自体は無視してた、当然か)
挙句の果てに、
皆見てないから、恥ずかしがるなよ!
なんて小声で言ったかと思えば、
ニッコーっと笑って、私の手をとってみたり。
その上、握って離さなかったり。
離して、と小さな声で抗議してみたけれど、頑として首を縦に振らないし。
ほんと、何考えてんだろ、マジで。
あんたね、今は授業中なんだよ?
先生に、見つかるよ。
クラスメイトに、見つかるよ。
見えないなんてわけ、無いじゃん。
そう、思いつつ、だけど、こいつの手を振りほどけない。
別に痛いほど強く握られてるわけでもないし、
それ以前にこいつは人の嫌がることはしないし、
きっと簡単にこいつの手を振りほどくことはできるんだけれど、
困ったなぁと思いながら、こいつの顔を見てみたら、
目があった瞬間、物凄く嬉しそうに笑うし、
目があう前から明らかに上機嫌で鼻歌なんて歌ってる。
そんな顔を、態度をされてしまったら
私から、手を振りほどくなんて出来ないじゃないか。
チャイムがなるまで、あと少し。
そろそろ、寝てる人も起きはじめる。
振りほどかなきゃいけない手を軽く握り返してみたら
やっぱりこいつは憎らしいほど嬉しそうに笑っていて、
こんな顔をこいつが見せてくれるんだから、
今回は大人しくこっちが折れてやろうかな、と思う。
チャイムが鳴って、しばらくしたとき、
俺にもノート!ノート見せて!何も書いてねぇ!
と、真っ白なノートを突きつけてきたこいつにノートを貸しながら、
自分が左利きでよかったなぁと、
未だにあったかい自分の右手を見ながら、ぼんやりと思った。
いろいろおかしい気がするけど、後悔はしていない。
太陽から直接降り注ぐ光はジリジリと私の肌を焼くし、
足元からの照り返しの光には、もわもわと水蒸気が混じっている。
暑い、暑い。
もう直ぐ脱水症状にでもなってしまうんじゃなかろうか、と思った私は、
手持ちのペットボトルのミネラルウォーターを大きく喉を鳴らして飲んだ。
喉元を、汗が伝う。
「暑い」
「あぁ、暑いな。確かに」
私は、隣を歩く男に向けて、盛大に不満を漏らしてみたのだけれど、
男は、そんなのお構いなしにベルメルをふかしながら飄々としている。
男も言葉通り、確かに暑いのだろう、
シャツにはところどころ汗染みが出来ている。
街を行きかう人もそれは同じようで、店先で仕事をしているおじさんは
今日も暑いね、などと、馴染みのお客さんと話している。
でも、それとは比べ物にならないほど、私は汗をかいているという事実。
元々暑いのは苦手だけれど、こんなに汗をかいたのは初めてだ。
どうしてか。
「あのね」
「なんだよ」
答えは単純だ。
「アンタがこんなの着せなければ、私はもっと涼しい外出が出来たのよ!」
ガバァッ
と、大きな音を立てて脱ぎ捨てた、暑さの原因を男に向かってぶん投げる。
私の流した汗を吸いまくって重みを増したそれは、
本来ならふわっと男の下へと届くはずのものだが、
今は物凄く重い。故に真っ直ぐに男の下へたどり着き、大きな音をもう一度立てた。
「はっ、こんなに日差しが出てんだ、大して変わんねェよ」
「うるさいバカ!大体ね、何でこんなの着せられなきゃなんないのよ!あっついの!」
「怒ると余計暑くなんだろが、馬鹿」
そう、私の神経を逆なでするだけして、男はまたその暑さの原因を私に着せる。
今度はご丁寧に(無理やり)袖まで通して。
暑さの原因。
「黒じゃん!熱吸収するじゃん!むしろコレアンタのじゃん!」
「良いじゃねぇか、そんなん」
「よくない!」
それはその男のスーツのジャケット。
もうやだもうやだコレ脱ぎたい!
腕を振り回しながらギャンギャン抗議する私を前にして、
10人居たら10人ともが怒っていると分かる声音で、今度は男が叫ぶ。
目深に被った帽子で見えないけれど、目なんて見なくたって分かる。
(むしろ絶対怖いんだろうから見たくない!)
「ノースリーブにホットパンツだァ?んな格好でお前を外にやれるわけねぇだろ!」
「なにさ過保護!このくらい皆フツー!フツーのファッションなの!」
「幾ら夏だろうとなァ!お前さんにはフツーじゃねぇっての!」
「フツーだもん!」
天下の往来で叫ぶ叫ぶ。
ドスのきいた男の低い叫び声と、暑さにイカレた私の叫び声。
近くに居た人たちがなんだなんだとこっちを見るけれど、
そんなことお構いなしに私は叫ぶ。
こちとら、自分の生死がかかってんだ!
(脱水症状とかマジで洒落にならないぞこの野郎!)
私が一歩も引かないことが分かったのか、
目の前のこの男は、あーもう、しょうがねぇ奴だ、とかブツブツこぼし、
私がそれ以上口を開くよりも先に、私の腕を掴んでぐいと引く。
いつもなら踏ん張りがきいたはずなんだけれど、
私の体からは水分がどんどん蒸発していてそれどころではなかったから、
掴まれた腕も、引かれたとはいえ優しい力だったのにも関わらず、
そのままこの男の胸に軽く激突してしまう。
それと同時に男は私を抱きとめるもんだから、
今残っている力の限りで抵抗してみた所で、離れることは敵わない。
それを理解するまでもなく、体力が持たなくなった私は、
へろへろのまま、男の胸に体重を預けるしかなかった。
抵抗する気も起きずに、ただただ人の体温が熱いなぁと考える。
あぁ、もう駄目、力入らない、死にそう、とぼんやりしていると、
男は、大きな溜息を吐いた後、思ってもみなかった言葉を吐いた。
「んな台詞、盛大にナンパされてるヤツが言っていい台詞じゃねんだよ、解れよ」
私の頭を大きな手が優しく撫でる。
汗のかきすぎで私ですら髪の毛べたべたで気持ち悪いな、と思うのに、
男はその行為をやめようとはしない。
それどころか。
「頼むから、言うこと聞けよ、」
心配してんだ、これでも
なんて、そんな甘ったるい言葉を繋げてきた。
ゆるゆると顔を上げてみれば、前髪が額にくっついてきたのだけれど、
男の手は当然とばかりにそれを避けてくれる。
帽子の下から見たこの男は、なんでこんなに優しい顔をしているんだろう。
なんでこんな状態で、こんなに甘い言葉が吐けるのだろう。
「…暑いって言ってんじゃん」
「いいだろ、別に。どうせもうお互い汗だくだ」
「…そうだけど」
「じゃぁ、帰んぞ」
そう言って、やっとで離れて歩き出そうとしたとき、
私たちを囲んでクレーター状態になっていた街の人々は
ようやく我に返ったのか、道をあけてくれた。
つい、と視線を上げると、周りの人垣を今更ながらに実感したらしいこの男は、
照れ隠しなのだろう、軽い舌打ちと同時に私の頭をガシガシと撫で付ける。
髪がぴんぴん跳ねて、揺れた。
「ジュース、ジュース飲みたい」
「好きなだけ買ってやるから飲め、で、それは脱ぐな」
「はーい」
元気に返事をしたとき、手が男のそれに触れた。
私は何だかそのことが物凄く嬉しくて、男の手を力いっぱい握った。
まぁ女の私の握力なんてタカが知れていて、
男がやんわりと手を握り返す頃には、
私の心の中では、暑さより何より、清々しさのほうが勝っていた。
それこそ、この汗に濡れた男のジャケットが愛おしいほどに。
会社の中なのに暑すぎる時に思いついた。意味は無い。
一回しか言わねぇから、よく聞けよ!
そう言われて、しばらく大人しく待ってみたけれど、
その先の言葉は、一向に私の耳には届いてこない。
苦虫を噛み潰したかのような、それでも頬に朱がさした顔で、
目の前のこの男は、その先に続く言葉を繋げようとする。
ニヒルというのが一番しっくりくるような笑い方をするこの男は、
普段のクールさ、冷静さをどこかに落っことしてきたんだろうか。
あぁ、男らしさとかも、かもしれない。
あー、だの、うー、だの。
口をもごもごと動かして、つまりその、なんだ、とつぶやく。
その間、じぃっと私はその男の挙動を見ているわけだが、
目深に被っている男の帽子の影から、時折見える視線は、
私のそれにぶつかると、即座にそらされてしまう。
どうしたの、と、これから男が繋ごうとする、分かりきった言葉すら
何にも気がつかないフリをして、私は問うた。
ただ、この男がどういう反応を返すか、純粋に知りたかった。
惚れたハレたの話を好まずに、今まで付き合った女すべてと、
もっと割り切った男女の関係を望んできた、この男の反応が。
それ以前に、私がlikeのスキと、loveの好きの違いが
あいまいすぎて、いまいち良く分かってなかったからなのかもしれないけれど。
身長の高いこの男の瞳を見ようとしたのだけれど、
目深に被った帽子が邪魔で邪魔で仕方なくて、
私はその場から1歩、2歩と、男の方へ歩いていく。
男はといえば、私の近づく気配を敏感に察知して
(当たり前の話だ、別に気配を消そうとすらしていないのだから)
僅かに後ずさったのだが、そう、ほんの僅かだ。
覗き込んだ帽子の隙間から、男の視線が私に降り注ぐ。
ソレはとても熱っぽく、尚且つ優しく私の上に降るものだから、
私はそのまま、男から視線をそらせなくなってしまった。
その瞬間、だ。
お前の事が、すげぇ好きんなっちまってたんだ。
あまりにも真剣で、あまりにも色っぽい声音で男は囁くもんだから、
不覚にも私は、この男に向かって、言葉を返せずにいる。
どうしてくれんだ、こんなにしてくれやがって。
でも、すげぇ好きんなっちまってんだよ、お前の事。
なんて続けた男に向かって
一度しか言わないって言ったくせに、
と、茶化すことすら出来なくなってしまっている。
この男の表情や、言葉の含む熱っぽさ。
何もかも見たことの無いモノばかりで、私は如何して良いのか戸惑う。
ただ勿論、答えなど見つかるわけも無くて、
返事が無いことを、どうやら肯定と捕らえたのか、この男は
私の唇に自分のそれをふわりと軽く合わせては、
さっきよりも幾分苦しそうな表情で私を見る。
私自身、顔が熱くなっていることに気づくのはまだもう少し先の話で、
唇が深く深く重なってきた後なのだけれど、
男も私の答えを聞かぬままだったし、
私もスキと好きの違いが未だによく分かっていなかったから、
もうしばらくは、この男のくれる、激しいようで甘く優しい
それでいて、心臓がざわついて仕方ないこの行為を
楽しんでも良いんじゃないかと思った。
スキと好きの違いが分かる、その時まで。
きっと、それはそう遠くないミライ。